北海道の地震&大人になる

北海道の地震は思っていた以上の被害だったようですね。実家が特に何も問題がなかったので大したことないのかと思ってました。

地元ではありがたい事に私の身の回りでは誰も不幸がなかったようで安心しました。

父は震源地からはだいぶ離れた地域に単身赴任中なんですが3日近く停電してたようで大変そうでした。仕事は3日ともあったようですね。

恐らくはそこに送電している発電所地震でやられたのでしょうね。

実家は砂川の発電所がその日に復旧したので昼には回復したと聞いています。

酪農界隈は冷や汗ものだったことでしょう。

JAなどは比較的早急に対応したようですが損害は計り知れませんね。

まだ余震も続いているようで、母は小さな揺れでもビクつくと言っていましたが、軽いPTSDみたいなものでしょうか?

微力ながら私もここ半年の給料を寄付させていただきました!大した金額ではないのですけれどね。生活に私は困っていませんし。少しでも有効活用してくださいな。

他県の皆様には他人事だと思いますが財布に溜まった10円玉とか財布のダイエットがてら寄付したりしてくださるとありがたいなーと思います。

人的被害はもちろんですが経済的被害も大きいのでね。

大人になる。大人になりなさい。大人なんだから。大人のくせに。

18過ぎると腐るほど聞かされます。私の場合は特に周りから言われます。

子供の頃、大人って自由なものだと思ってました。自分で全て責任もって全て自由に選択するものだと思ってました。

何が好きで、嫌いで、何に夢中で、どんな生き方を選ぶのか?そんなの自己責任で自由に選択していいものなのに何故こうも世間は大人らしさという共同幻想を押し付けるどころか、洗脳してくるのか!

大人らしい生き方をしている人間を眺めて幸せそうだ!と思った試しがない。

幸せさを頑張ってアピールしてるんだな思うことはありますけれどね。

やりたくない事我慢してやるのが大人なら一生子供でありたいなーと思います。

いつから、どうにかやりたい事を無理矢理押し通そうと思わなくなったのですかね?人は。

人は生まれた時が一番賢くて、年をとるに連れてバカになるとおっしゃっていた方がいますがまさにその通りですね。

アインシュタインですら遅くはあったが最終的に大人になってしまっていた様に見受けられます。

自分が若かりし頃に言われ一笑してあしらった言葉を若手の研究者に言ってしまうのですから。

大人らしさを纏うために自分を偽る、歪み、反動って思っている以上に大きい。

背伸びしている人間に限って大人らしくない人を痛烈に批判、卑下するように見えます。

従兄が30過ぎたら結婚をしなければならないみたいなプレッシャーがかかると愚痴っていたが何その化石みたいな固定観念

恋愛して、子供産んで、養ってってレールに乗って思考停止するのはどーなのさ。

本能に従ってお気に入りの異性見つけて繁殖して肥やしになって人生終了とか。

人間は他の動物とは違う!とは言えないぞ。

猿と変わらないからね。言葉で意思疎通する猿。

人間っていう高度なコンピュータ頭に提げて生まれてきた意味なくない?

いや、結婚否定派ではないのですけどね。

未だに専業主婦になっちゃう女、妻に専業主婦になって欲しい男を見てるとね。

色考えてしまいます。

もし、結婚するなら絶対共働きですね。

依存されるの嫌ですし、誰が家事やってるから理論でマウント取られるのも冗談じゃないので。

だから、家事炊事洗濯はそこら辺の主婦よりできますからね。中学時代から料理は試行錯誤、研究しているので和洋中どんこいです!笑

そもそも家事炊事洗濯が近年、私にとってストレス発散にすらなっています。皿洗い、トイレや風呂掃除してると心が鎮まるのですよ。瞑想に近いです。没頭している。計算ドリルやってる感覚にも近いですね。

各2時間ずつ捻出すれば家事炊事洗濯は回ります。世の男は甘えすぎだし、女も家事程度で騒ぎすぎです。さらっと家事炊事洗濯ぐらいこなしてこの程度のことも出来ない男ださーwwと笑うぐらいして欲しいものです。

自分で選んだくせに他人に文句たれんなよとニュース見てたら思います。

いつまで常識という共同幻想の中で創り出された架空の幸せという夢に浸ってるのですかね。

独り立ち出来てないから自分以外の何かに自分自身を投影して喜んだり、批判されている様な気分になっ騒ぎ立てたりするのでしょ?

善良な不平家というのがいちばん嫌いだ。いちばん救われないような印象を常に受ける。

その自己投影被害妄想の煽りを食らう人や産業が迷惑してて可哀想です。だいたい政治批判や性差別で批判する人間はその対象についてよく知らなかったりするからタチが悪い。

現代の批評病は、いろいろな症状を現しているが、根本のところは、物に対するこの心の手ごたえを失っている事から来ている様に思われます。何かを批評している積りであるが、その何かが実はないのである。批評の神様と謳われた小林秀雄の言葉ですがまさにですね。

アナロジー思考ばっかりしているから建設的な意見を出せないのではないだろうか?

数学や物理学の第一原理思考に基づいたアプローチを多くの人ができればなと思う。

私もまだまだですけれど。

そもそも芸術にしろ思想にしろ政治にしろ批評するに足るだけの教養を持っている人間なんてそうはいない。現役の批評家なんて批評家名乗るなバカかお前は!ってトンチンカンも結構いる。

サブカルチャーなどと世間は下に見ているが誰が決めたのか。性的な作品はとりあえず下劣と決めつける。貴方の頭が下劣です。

芸術を愛する人は、美というものを定義しようとも証明しようともしない、愛してさえいれば、そんな必要がないからではなく、愛していることが美の定義も証明も不可能だとはっきり教えてくれるからである。小説の面白さは、他人の生活を生きてみたいという、実に通俗な人情に、その源を置いている。小説が発達するにつれて、いろいろ小説の高級な面白がり方も発達するが、どんなに高級な面白がり方も、この低級な面白がり方を消し去る事は出来ないのである。ともに小林秀雄の言葉です。芸術の根底にあるのは皆、低俗なものなのではなかろうか?

芸術が人の心を揺らすものなら、性的な作品も芸術だなと思います。

日本の積み上げてきだ技術はあそこまで艶めかしく、扇情的に人を昂らせるのだから大した技術だと毎度感心してしまいます。同人誌にしろ、官能小説にしろ。

言葉や絵で対象を昂らせるなんて出来ます?わたしには少なくとも無理です。