愛・真理・覚醒 −3−

 

6.3 覚醒状態

 読者が愛によって仕上がり、真理を学び、遂に覚醒に至ったと仮定します。すると、新たに生まれた覚者の眼前に広がる世界はいったいどんな世界なのでしょう?私たちが覚醒すると、どのように自身が変革されるのでしょう?

 覚者の意識を普遍(宇宙)意識と呼びます。本章では、普遍意識の側面について断片的に紹介します。まずは悟りと欲の関係です。

 

「『さとる』とは、この世間の中で、普通に生活し、しかも、どんな欲にも捕らわれていない超越している状態のことです。さとったけど、普通に生活できないのでは、さとりとは言えません。

『悟っても欲はありますが、欲のない状態と同じ状態になれる』が正しい言い方です。

欲の源流は命です。それを止めると欲も止まりますが、死んでしまいます!」2p.200

 

「普通の人と悟った人の違いは、思考が暴走しないこと、ただそれだけです。」2p.147

 

「思考が暴走しない」には「欲が暴走しない」側面も含まれているのでしょう。さて、以上は、かなり謙虚な説明でしたが、全てではありません。覚醒状態の他の側面は次のように高次元です。

 

「久遠の現在の中に生きることこそ解脱であり、自由である。何故ならば善・悪というものはありえず、過去も未来もなく、成功も失敗もなく、健康・不健康もないからである。久遠の現在である・臨在の中にはこれらの対立するものは何ら存在しないのである。それはただ相対立するものに捉われ、是より彼へと右往左往する心の中に存在するのみである。」5p.296

 

これは難解に感じられたかもしれませんが、覚醒すると、「今、ここ、久遠」という状態になるそうです。過去や未来にこだわらず、今、ここ、という現実に可能な限り集中しながら生きるのです。もっと深い意味がありそうですが、私にはもちろん分りません。アレッ?今、ここで、ちょっと解ったかもしれません!自己観察をするということは、「今、ここ」に集中するということですね?自己観察を深めた極限に「今、ここ、久遠」があるのでしょう。

 

さて、覚醒すると、以下のようなドラマチックな変化が起こるのです。

 

「真っ暗な四畳半一杯に広げられた線路の上をおもちゃの電車が小さなライトを灯して走っている。これが悟っていない状態。自分が今どこをどのように走っているかよく分かっていない。悟るとは、その部屋のスイッチを見つけ、点灯すること。すると、一挙に視界が開ける。そのスイッチは天井を開き、青空を見せ、日光さえも注がせる・・・人生でこれより高価な宝物はない。」3p204(既出)

 

「自分の宝を地上に蓄えるのは止めなさい。そこでは虫とさびで、傷物になり、また盗人が穴を開けて盗みます。自分の宝は天に蓄えなさい。そこでは虫もさびもつかず、盗人が穴を開けて盗むこともありません。あなたの宝のあるところにあなたの心もあるからです」3p205

 

「すべて平等であり、しかも一つひとつが特別である生きとし生けるものこそが、この宇宙における完全な真実であり現実なのです。つまり、私たち自身こそ、宇宙だということです。

完全な愛として究極まで広がったとき、私たちは初めて、現実の真の意味を体験できます。それより低いバイブレーションのレベルでは、私たちはお互いの関係の真実も現実も、完全に見ることはできません。

 

さとりの体験が、実生活にどう役に立つかと言うと、物質界の中でも、そこを超えた世界でも、あなたは完全に自由であり、さまざまのバイブレーションレベルに自由に存在することができるということを、はっきりと理解できるからなのです。

 

 それぞれのレベルのみによって、事実は違って見えるということさえわかれば、他の人から見た事実、つまり、他のレベルから見た事実と無駄に争わずにすむようになります。

 

 そして、あなたの意識が拡大するに従って、あなたは自分の好きなレベルを自由に選べるようになり、楽しい事実ばかり見えてくるようになるのです。

 

 あなたより力のある存在は、この宇宙にはありません。しかし、同時に、あなたより力の弱い存在もいないのです。この点こそ、他の人々に対するあなたの行動の基本となるべきものです。」1p.97

 

「すべて平等である」の中には、無論、人々が含まれます。覚者にとっては、北の国の首領さまでも綾瀬はるかでもガッキーでも天皇でも同等なのです。そんな意識の中で、日々、普通に暮らします。

 

「その普通に生活する中に、素晴らしいことを山ほど発見しますが、外見上は普通に生活しているように見えます。」2p153

 

 ただ、悟りの境地に達すると、脳内モルヒネ状のものが分泌されるようです。それは恐らく宇宙からの愛の波動が心身に浸透することが原因です。

 

「と言って、『自分』の欲で活動することは、もう、何もありませんから、『自分の欲』以外のことについて活動し、エネルギーを使います。その活動の中にも『自分』はいません。『愛からの奉仕』です。このような状態になると、常時、至福が訪れます。」2p159

 

「悟りから来る恍惚感は脳内に一点の緊張もなくなるために起こる。それは、健康な恍惚感、生まれたての赤ちゃんの恍惚感であり、生命が全部躍動している自由な恍惚感である。」3p166

 

道理で赤ちゃんは、そしてかつての貴方は朗らかに無邪気によく笑います。反対に、うつ病患者はほとんど笑いません。覚者はきっと明るい性格の持ち主でしょう。そして、幸福感と慈愛とが溢れんばかりににじみ出た表情の持ち主でしょう。

 

「『神が観賜うが如く、私も観るのである』(イエス大師)といいう言葉は、まさにこの普遍意識において真理となるのです。・・・・

・・・・

『その日を境に、私には、私自身の無形の自己と異なるものは何も観えませんでした。そしてその自己の中には、全宇宙が小さな泡のように存在しているのです』(マータ・アムリターナンダマイ大師)6p81

 

これらが宇宙意識の状態です。

最後に改めて、地球全体を俯瞰しましょう。

 

「この地球階層は、もしもすべての人々が、神の父性と人間の同胞性という唯一の基本の実相を真に受け入れ、分離なるものがないこと、『人は己がために生くる能わざる』こと、をよく理解できるならば、この地球階層は非常に驚嘆すべき生の営みの場所になり得る。」4p.80

 

問7 覚醒状態はどのような状態か、各側面を説明しなさい。

 

 ネガティブな話で恐縮ですが、膨大な努力にもかかわらず、たとえ悟りに至らずとも、悟りを目指すだけでもかなりの価値が人生に付加されます。否、悟りは目指すものでは在りませんでした。ただ、ひたすらに自己観察を続けると、自己をますます客観視できますから、妄想が減り、集中力不足による失敗やストレスが減少します。

妄想や雑念に費やすエネルギーや、そこから来るストレスはかなり膨大なはずですから、妄想が減る分、そのエネルギーを他の有効な活動に振り向けられます。

創造性も高まります。

また、ストレスが減ると、心身ともに健康的になります。

さらに、集中力が増すと、仕事の効率も上昇します。

こうして、自己観察力が強化される(悟りに近づく)ほど、生活の質(QOL)が上がってゆきます。

 

「皆さんはそこへ到達するのにこの道にしようか、それともあの道にしようかと思い煩う必要はありません。なぜなら、皆さんはすでにそこへ到達しているからです(後述)。」6p180

 

 この既出の言葉の意味は、相変わらずよく解りませんが(笑)、もし悟りに至れたなら、上記のような無限の愛と無限の自由と一体化できるのです。困難でも諦めずに努力し続ける価値があると言うものでしょう。あなたが悟れば、周りにも好影響をもたらします。その結果、多発的かつ多重的に困窮した現状にも、一条の明るく強い希望の光が差し込むはずです。

 

「親切、情愛、慈悲、寛大,赦しなどすべて実在の真の現われである。これが美徳です。これこそが吾々の種々雑多な問題を解決しうる唯一の道なのです。」5p.241

 

読者の皆様の修行が順調に進みますよう心より祈念させていただきます。

そして今なら、本書の冒頭の疑問に答えられるかもしれませんね?

 

「私たちはどこから来たのでしょう?

 

そして、どこに行くのでしょう?

 

私たちはいったい何者なのでしょう?」